6.2.15

スバールバル 2013年夏(2)

火星のことを詳しく知らないが、ゴムボートで海に出ると、想像の中の火星のようだった。目の前の景観はダイナミックでだだっ広く、そこに生き物の気配がほとんど感じられない。海の向こうの山は切り立って、氷河の影響で見慣れない岩肌をしていた。木はまったくない。すべてが薄い霧におおわれて、しずかだった。波だけが、タプタプとしていた。














ここにもしも一人で残されたら、到底生きていけないだろう厳しい環境であるはずなのに、このように究極に、平和でのんびりして見えるのが驚きだった。衝撃なまでにのんびりしていた。温泉や、日本庭園の平穏さは、こういうのがモデルになっているんだろうか。

アザラシはこの広大な平和の中、ブルーグレーのゆっくりとした波の上にときどき ポカッ と頭を出してのうのうと泳いでいる。または、行くあてのない流氷の上に寝そべっている。用事とか、時間とか、方向性とかとは無縁に見える(私が普段の暮らしの中で使う意味では)。




ゴムボートは、広い壁にささった赤いがびょうのように小さい。ビーーーーーーーーとエンジンの音をたてて進む。水面に浮いていた波と同じ色の小鳥の群れがびっくりして飛び立つ。十分にアザラシに近づいて、エンジンを切る。アザラシは、自分に向けられた銃に気づくと、「あっ」という顔をしてヒレをパタパタさせながら、重そうな体を水に隠そうとする。ヨルンは一発で頭を撃ち抜き、アザラシは即死する。







撃った体は、一度完全に水に沈んでしまったら、二度と浮いてはこないらしい。そうならないように、大急ぎでボートを再発進させて、二人のヨルンは協力して、冷たい海に体を乗り出して200~400キロあるアザラシの体をつかみとる。大きな体から、大量の血が海に流れ出す。鮮血の真っ赤な色で、海のブルーグレーがその反対色に傾いてコバルトグリーンに見える。急な失血によって、アザラシの体はまるで生きているように動く。厚い脂肪に切り込みを入れて、ロープをくぐらせ、ボートで岸まで引いていって解体する。